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ep03)コマンドの番犬

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「そのノートって」


「ん?俺のだけど」

「え…自分が書いた物を買ったの、へえ、」


気になった彼の手にあるそれを、聞いていいものか、少々迷いながら聞けば、
なんというナルシスト発言だ。

少し呆れ眼で彼を見ると、何勘違いしてんだよっと、ノートで頭をペシリと軽く叩かれる。
地味に痛い。でもそういうことじゃないのか。

頭をさすりながら見上げると、カイは説明し始めた。

「ジーンは、弟子のコマンド系の書物預かってくれてんだ。あえて言うなら書庫屋。」

書庫屋、そんな店があるのか、ゼロ地区謎すぎる。
というよりコマンドってなんだろう。彼が弟子だなんて、ジーンは弟子を取るほど、そんなに偉い人なんだろうか、
そうは見えない。路地にある、あんなにこじんまりとした、書庫屋の店主、というだけだ。


「お…ちょっと待って、弟子!ってことはジーンさんはカイ君の師匠なの。え…何の?」
「気になるのはそっちなのか…ジーンはコマンド、コマンダーの師匠」

「コマンダーって…」
「カードもらっただろ。あれを作るヤツのことをここら辺じゃコマンダーって言ってる」


さっきの、と言われて狭く入り組んだレンガ造りの路地を歩きながら、コートのポケットに手を突っ込んでその感触をなぞる。

何の変哲もない、名詞のようなこのカードが、ジーンさんの手作り。
そんなに需要がある商品となりえるのか、と、取り出して、もう一度みようともしたが、
あまりカードに気を取られると、この迷路のような道を忘れてしまって、
二度と、あの紅茶が飲めないような気がしたので
カードはそのままに、カイの後ろをついて歩く。


「昔はカードも売ってたみたいだけど、今はそんなことしなくても生活できるだけの弟子が居るんだ、おっちゃんは」

「昔って…、ジーンさんってそこまでお年寄りに見えないんだけど。元気で、若いし」

「ジーンはゴーストだから、今年で五百は超えてんぞ」
「…え、」


ゴーストってあのゴーストだよね。

幽霊なのか、ジーンさんってお化けなのかっ、
というか人間以外って、ゴーストも住民登録されていて、しかも寿命まであるのかこの世界は。
もう常識が何もかも通用しないことに、
今更ながら、涼はその場で頭を抱えたくなる衝動に駆られる。


しばらく歩くと、レンガ造りの褐色がコンクリートの薄い灰色へと変貌し、
近代的な建造物が姿を見せ出した。
しかし、アスファルトの黒い色や、車の騒音を聞くことはない。
どこまでも人の喧騒しかしない街は綺麗なものだった。
道の分岐を指し示す看板の文字は、電子掲示板のように、逐一その姿を変え、
ショウウィンドウのガラスの中身も、見飽きないほどころころと変わる。

一体どういう仕組みなのか、街には自分がわからない物ばかりだ。
前を行くカイの歩きに淀みはないが、それゆえの疑問が涼には浮かんだ。


「そういえば何処に向かってるの?」

「何処にも」
「…はい?」

「お前の住むところ考えてた」

えっと、つまりそれはノープランっていうことでいいのか。


足を止めて振り返ったカイは、それを感じさせるような不安そうな顔はしていない。
この状況でどうしてそんなに堂々としていられるのか。涼は目の前の男の子を末恐ろしくさえ感じながら、
ぼそりと妥協案を提案してみる。

「カイ君の家、とか」

「おい、俺は普通の高校に通ってる学生だぞ、養えねえ。それに、」


「それに?」

涼の言葉に言い聞かせるように前かがみになって、彼は大真面目に言う。

「一つ屋根の下に、男と女が住むなんて不純だ。却下。」
「あんたはお父さんか」


派手な見た目の割りに頑固親父並みの真面目さを見せた彼に思わずツッコんでしまう。

もはや絶滅危惧種の硬派さだ。
それにまだある、と彼が続けるので、
今度こそ、なにか真面目な話か、と彼と目を合わせる。

「俺のことが好きな女の子に悪いだろ」


「自意識過剰っていうのよ、それ」


すごく真剣に言ったと思えば、何様なのか彼は、俺様か。アホ硬派な上に俺様キャラなのか。
というかこの為に顔を上げた、私の後ろ首の痛さをどうにかしてくれ、
これだから無駄に背がある男子は苦手だ。首を押さえながらもうひとつの妥協案を提示してみる。


「やっぱ、総一郎って人の方がよかったんじゃない?」

カイは嫌っていたようだったが、ジーンが信用しているということは
それだけの人物なんだろうと思われるし、
もしかしたらカイは、師匠が他の弟子を頼るのが嫌だとか、
そんな突発的な感情で、自分を引き受けたことも考えられないワケではない。

そして、その信憑性を上げるかのように、
その名前を出した途端に彼の機嫌は急落していくのが、
こういうことに、鈍い涼にでさえ、手に取るようにわかる。

「それマジで言ってんのか!…あんな奴にお前みたいなのがついてったら、喰われて売られるのがオチだと思うけど」
「喰う?」
「連れ込み宿とかで」

「連れ込み?何、」

その言葉では意味が通じない。と、ワンモアを頼む涼に、カイは少し言いよどんだあと耳打ちする。

「…ラブホテル」


「なるほどおっ、ラブホテル!」

「おまえ馬鹿っ声がでけえっ!」

聞き慣れた単語がようやく出てきて、
思わず声を張り上げるが、学生服の男女が声を出して話すには
あまりに品のない言葉に、道行く人の目が一瞬、自分たちに集まってしまったのがわかって、
ふたりしてその場で黙り込む。
(へえっ、総一郎って人は危ない人なんだあ、よよよかったあ、アホ硬派カイ君で!私ってラッキー!)

何かを勘ぐるように止まっていた人の波が普通に戻ると、
どちらかともなく息をついて、妙なアルファ派を振りほどく。

「とりあえず、住み込みの仕事でもなんでも、泊めてくれるところ、探そうぜ」

「そうだね、…ラブホテルに連れて行かれる前に」
「お前なあ、」


それから結局、カイの知り合いだと言うところを回っていく。

そうしていくうちに涼が思ったのは、
とにかく、彼の知り合いのバリエーションが多いこと。
いろんな店の店主、店員、被らない職業、偶に道行く世代も明らかにちがう人たちから話しかけられている。
おおよそ普通の高校生が持てるネットワークではないのだ。一体何の交友関係だ。

カイ個人のことを何も知らない涼が、それを察知できるはずもないが、
唯一、気にかかる候補としては。

(あのカード関係、かな)

家具屋と思われるところから出てきたカイは、
表で待っていた涼に首を振る。どうやらここも交渉はうまくいかなかったらしい。


「次は、」

と、カイはまた候補を自分の頭の中で検索しているようだ。
自分のことのように、ここまでしてくれるカイに対して、
徐々に、遠慮の気持ちが生まれていくのが自分でもよくわかった。


「あのさ、私見つからなかったら、野宿でもいいんだからね」

「何言ってんだ。そうは絶対ならねえ。ジーンのカードがあるからな」
「え」

予想外の返答に、絶句する。

「万が一、どうしても見つけられなかったら、そのカードを売って、住む場所を買う。ジーンがお前にカードを渡した意味にそれも含まれてる。」


慌ててポケットに無造作に仕舞っていたカードを取り出す。どんなものなのかさえ、わからずに手に入れたそれ、
「そんなに高価なものなのっ、これ」
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