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ep02)a cup of tea._2

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知らないことはどんどん聞いてくれていい、少しでもここのことをわからなくてはいけないよ。と、
ジーンは自身の言葉に頷いた涼を見ながら説明をカイに促し、自らは席を立った。
紅茶を注ぎ足しに行ったようだ。


「簡単に言うとデリートはつまり、この世界から寿命を終える前に消えることだ」

「死ぬっていうこと、かな」

「死ぬ?」


首をかしげたのは今度はカイのほうだった。
どうやらこの世界では、死ぬ、という単語はないようだ。

カイは、涼が理解できていないのだと判断したらしく、更に詳しく話を進めていく。

「この世界はゼロ地区って言われてる。戸籍は役所が管理していて、寿命は役所が種族別の社会貢献度によって決めている。人間は一番数が多くて、規定の寿命は八十八年。これが短くても長くてもおかしい。寿命が来る前、つまり八十八未満でもし人間が死んだら、デリートされたっていう言葉を使う。そしてデリートされれば戸籍から消える。役所の戸籍から消えると、そいつのデータ、身体情報がない。よって、生まれなおしができない。ここまででわからないところあるか?」

「待って、すごく初めて聞くことばっかで、ちょっと整理するから」
「えええ…どうしろってんだよ」

しかし、整理すれば整理するだけ、涼はこの世界のことを何も知らない自分を自覚した。寿命はそんなに一律に管理などできるものなのか、そしてデータを残す?そんなことしてどうにかなるなど聞いたことがない。でも彼が嘘を言うとも思えない。そんなドッキリを仕掛けたって彼には何の得もないからだ。ここはそういうことがあるのだ、と無理にでも自己暗示をかけていくしか、現実問題を解決する策はないのだ。

「つまり、そのデータってのがあれば、また生まれて来れるの?」
「そうだけど?」

「それって、普通は、死なないってことなのかしら…」

「もう生まれてこないことが、死ぬっていうことなら、そうだと思うぜ」

「…嘘みたい」
「嘘じゃねえよっ」
「そう、みたいね。」


信じないと、
元居たところと何もかも違うここで、生きていける気がしない。

肩を竦めて見せると、カイも自身の言葉を嘘呼ばわりしながらも、
一応、涼が理解しようとしている。ということを認識したのか、
若干彼を包む警戒したような空気が和らいだ。


「…それでデリートってどういうときに起こるの?」

「………。」
「それって、きっとよくないこと、だよね。」


役所の意思に反する。ということは、
少なからず社会悪の部類に入るのだろうと、それは涼にもわかる。

少し神妙な面持ちになったカイは、ふいに涼の鎖骨真ん中辺りを手の甲で軽くノックした。


「ここの中を、誰かに弄られるとデリートされる」


「え、それって」
(つまり、殺人ってこと?)

彼女の反応に、頷きながら
「ああ、犯罪だ」
という、彼の纏う張り詰めた空気が移ったように、涼は身体を強張らせる。

この世界でもそういうものは存在するのだ。
と頭で理解するのと同時に、如何に自分が無知である故に、紙一重で危険な状態であることを認識する。
ここの治安の状況など、気にかけてもいなかったが、
人が住んでいる限り、そういうことにも気を使わなければならないのは当たり前だ。

呑気、と称されたことも、何も間違ってはいない。


「ここの治安ってどの程度なの?」
「うーん、どの程度っていう基準がよくわかんねえんだけど、最悪ってわけでもない。」

「ということは、そういうものの回避手段はあるのね」

「それこそ、ある程度なら、としか言えねえや」

例えば?と問えば、
説明するのが難しいから簡単にだけ、と置いて話を続ける。
ジーンはふたりの会話を聞きながら黙って席に着いた。


「まず普通に生活しててデリートすることはない。戸籍は役所、というか中央庁ってところが管理してて、セキュリティはこの世界では一番いい。」

「ふぅん、じゃあ結構安全なんじゃない」
「でもまったく地区全体が危険がないってわけじゃなくて、しいて言えば紛争手段が合法化されてるんだ」
「えぇ…どういうことなの。つまり喧嘩オッケーってこと?」

「まあ、そうだな。」

信じられない、というように涼は前かがみ気味になっていた姿勢を正す。

争いが合法などということがあっていいのだろうか、
でも実際問題、ゼロ地区とカイが言う、ここはそうらしい。


「これは、説明するより実際に街とかで見たほうがいいと思う」

俺達にとっては、別に疑問じゃないから、本当に説明が難しいんだ。と言って、
おかわりした紅茶を飲む老人の方を見るが、
視線を寄越された彼も、どうやら表現方法が見出せないようで、苦笑いにとどまった。

確かに、習慣づいていたり、常識、とされるものほど説明するのは難しいんだろう。

自分だって元居た世界を説明しろと言われて、
当たり前が当たり前でない人間に、一からすべてのことを教えられるかと言われれば、
百パーセントは絶対に無理だと答えると思う。

百聞は一見にしかず、とは中々馬鹿にできない。


「説明できないって言うのは、なんとなくわかる」

と言うと、カイは少し安心したように顔を緩めた。


タワー建設の為にテーブルに出していたカードを、とんとんと叩いてまとめると、
彼が羽織っているブラウンのファー付きダウンと学ランをめくり、ベルト横についている携帯ホルダーのような入れ物に仕舞った。
なんと、カードは持参だった。

そんなにタワー建設が楽しいとは思えず見ていると、


「ああ、これのことも後で話す」


そう付け加えられて、別に、自分はトランプタワー建設に興味はさほどないのだけど、彼はそんなにこだわりがあるのだろうか。
などと涼は一人考え込んだ。
続けて、カイが席を立ったので、自分もつられて立ち上がる。


ジーンが、何かを思い出したように、ちょっと待ちなさい、と言って、
テーブルのすぐ横にある、木製ワゴンの、一番上の小引き出しから、カードを一枚、涼に手渡した。
意味もわからずに黄色い電子文字と記号が並ぶそのカードを凝視する。

これは、カイが先ほど、タワー建設に用いていたものと似ている、と思い、老人を見上げる。

「政府の人間は、君に戸籍がないと知ったら、いぶかしんで、何か変に突っかかって来るかもしれない。それは、君に危害が及ぶごとを退けるお守りだ。」

くすんだ色の瞳は少し細められ、頭を撫でられた。
思っていたよりも、その手が力強く、ふらつくと声を出して笑われる。
笑い方はほっほっほ、という老人のそれだ。なんだか腑に落ちない。


カウンターへと戻るとカイは勘定をするためにレジの前に立つ。
紅茶代かと思ったが、ここはどうみても喫茶店ではない。
ジーンは店の中を埋め尽くす本の中から、一冊取り出して持ってくる。

薄いそれは製本された本、というよりは、

(…ノート?)


そこで本棚を再度よくよく見ると、
ちゃんと製本された本のような物もたしかにあるが、
ノートや、中には紙を紐で束ねただけのものまである。

しかも、一番最初に面識を持った男のように、
お金を払って置いていく者もいれば、彼のようにお金を払って、持っていくこともあるようで、
ますますこの本屋の用途が謎に包まれた。


カイがレジを済ませたのを見計らって、涼はこの店の店主に頭を下げる。

結局、彼が何者なのか、まだ自分にわからなくても、
この人がすべて解決してくれたことに変わりはないのだ。


「紅茶、ごちそうさまでした。」

「気に入ったなら、また是非飲みに来なさい。年寄りは暇だから」

「次に来るときまでにくたばってんなよ」


口々にそんな声を出しながら、その声にカウベルの音が重なる。


カイが開けたそこからは春の陽気のように暖かい風が吹き込んで来た。
凍えることないその空気が涼の髪を揺らし、これはマフラーはいらないなあと口元をあげた。

こちら、ゼロ地区に来てから初めて口にした、小さな笑い声だった。




こぽこぽと大きなフラスコのような球体の中には飴色の液体が
ゆっくりと混ざり合いながら下の筒状器具の電熱によって沸騰する。
ガラスの球体に浮かび上がっている光の文字は、
この店に時渡りをしてきた女の子、柳涼、と名乗った女の子には、読むことはできなかったが、
この球体の中で自らが独自にブレンドした紅茶は気に入ってくれたようだった。

先ほどまで、若者ふたりで騒がしかった店舗カウンター奥の小さな部屋が、
すっかり静まり返ったさまは、なんとも寂しげだ。

(いや、私が、寂しいのかもしれないな。)
年はとるものではない。
と、カウンター下の棚から、いつものように新聞を取り出すと、
まだ読みかけであったそれを広げて、長年愛用のスタッキングチェアに腰掛ける。


カラカラと低く鳴るカウベルは来客の知らせ。それさえわかればジーンにはこと足りる。

さて、暇な店は営業再開のようだ。

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お便り⇒ゼロ地区包囲網


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